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2012年5月28日 (月)

切る、切れるということ:圧力と摩擦について

 

読者の方から、物を切る時に押して切るよりも、包丁を横に引くとなぜ、簡単に切れるのかという質問を受けました。
そこで、切るということについて考えて見ます。

 

物を切る時、物体の原子間あるいは分子間の結合が切れます。

結合には大まかに化学結合と分子間の引力などによる物理結合があります。

化学結合に比べて、物理結合の結合力は弱いので、刃物で物を切る場合、

たいていの場合は物理結合を切っています。


刃物の刃先をミクロに見るとギザギザになっています。これによって、のこぎりの原理で切れるという事も考えられますが、ここでは、他の理由について考えます。

 

ここでまずは、簡単な、物体を刃物で上から押して切る場合を考えます。

刃物の刃の部分、物体にあたる面積は非常に小さく、したがって、小さい力でも刃のあたっている部分の圧力は非常に大きくなります。

例えば刃の幅が0.01 mm、刃渡りが10 cmの包丁を考えましょう。

この刃で、10 cmの物体(例えば刺身の索など)を押切するとします。

刃にかかる圧力は加えた力を面積で割ったものなので、まず刃の面積を計算しましょう

刃の幅は0.01 mm=0.00001 m、刃の長さが10 cm=0.1 mなので、面積は

 

刃の面積=0.00001×0.1 m20.000001 m2

 

です。この刃物に100 gの錘を乗せたのと同等の力、すなわち0.1 kg×9.8 N/kg = 0.98 N

の力がかかります。単位Nはニュートンです。9.8 N/kgは重力の加速度です。

1 Nの力です。計算を簡単にするために、1 Nの力で計算します。

この力を刃の面積で割ると、刃にかかっている圧力が出ます。

 

刃の圧力= 1÷0.000001 = 1000000 Pa10000 hPa=10気圧

 

この圧力は、手のひらの面積、約100 cm2 = 0.01 m21トンの錘が乗ったのと同等の圧力です。

これだけの力がかかると、物体の刃のあたった部分は図のようにへこみます。

へこむと、刃があたった部分では、図のように物体を両側に引っ張る力(引っ張り応力)が生じます。

この引っ張る力が大きければ、分子間の結合は耐え切れなくなり、切れるわけです。

Photo

 

ここでは、かなり鋭利な刃物を考えましたが、刃の幅が0.1 mmでも、手のひらに100 kgの物体が乗った場合と同じで、かなりな圧力がかかることになります。

 

包丁を引いて切る場合、ほとんど力を入れなくてもすぐに切れます。

これはなぜなのでしょうか?

 

包丁の原子(分子)と物体の分子の間には包丁が当たった瞬間に結合が出来ます。

包丁を引くと、物体の分子は包丁の原子に引き摺られて動きます。

これによって、物体表面の分子は削り取られます。

 

また、刃と物体の間には摩擦があります。

包丁を引くと、刃と物体の間の摩擦によって、摩擦熱が発生します。

この摩擦熱によって、刃のあたっている部分の物体の分子の熱運動が激しくなり、融けるか、分子間の結合力が弱まって削り取られやすくなり、切れやすくなります。

 

いったいどの程度の熱が発生するのか。

この計算はかなり難しく、正確な計算は無理なので、大雑把に計算をして見ます。

まず、刃物と物体の間の動摩擦係数を1とします。

包丁の上から1Nの力(これはほとんど包丁の重みです)をかけて、10 cm引いたとします。

このとき、摩擦によって発生するエネルギーの散逸は1 N×0.1 m0.1 Jです。

Jはエネルギーの単位、ジュールです。

 

そこで、刃の当たっているところに発生する熱を計算しましょう。

包丁をすばやく動かす場合、熱は、包丁の当たっている近く、幅0.1 mm、深さ0.1 mm程度の範囲で発生すると考えます。

物体の比熱はほとんど水と同じと考えると4 J/Kgです。

比熱に、包丁の当たっている近くの質量をかけるとその部分の熱容量が出てきます。

質量は、幅0.1 mm、深さ0.1 mm、長さ10 cmの物体で、比重は水と同じ1とします。

この仮定は、包丁で切る生物は、ほとんど水と同じ比重と比熱を持っていると思ってよいということです。

物体の質量=0.01 cm×0.01 cm×10 cm×1= 0.001 g

です。熱容量はこれを比熱にかけて、

 

熱容量=0.004 J/K

 

となります。エネルギー散逸が0.1 Jなので、これを熱容量で割ると刃のあたっている部分の温度が出てきます。

結果は25 K25℃)温度が上昇する。

少し温度が上がる程度ですが、熱振動は大きくなり、包丁の刃にあたっている部分の分子は取れやすくなります。

ただこの計算では、熱伝導などで逃げる熱を無視しています。

実際にはもう少し力がかかっていて、1 kg程度の錘が乗っている力(10 N)とすると、

刃の当たっている部分の温度は250 K250℃)温度が上がります。

熱伝導で逃げる熱を考えても、刃のあたっている部分の温度はかなり上昇し、切れやすくなるわけです。

 

包丁で引いたときに切れやすいのは、刃のあたっている部分の温度が摩擦熱で上昇し、分子が剥がれやすくなって、切れるためと考えられます。

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コメント

先日宝塚で「1789」を観てきました。フランス革命の劇です。
そこでギロチンがでてきたのですが、刃が水平のものよりも斜めの方が良く切れると表現されていました。それは何故ですか?
(物騒な話ですみません)

聖紗美さま

コメントありがとうございます。返信が遅くてすみません。

ギロチンの刃、斜めになっていますね。
これは包丁で切るときに斜めに押し込むと切りやすいのと同じで、原理は、刃を横に引いて切る場合と同じです。

ギロチンの刃が水平の場合、いわゆる押し切りになります。
したがって、切る材料を刃で切り開きながら切ることになり、抵抗が大きくなります。

刃を斜めに当てて押し込むと、押し込むときに、刃は材料に対して相対的には横にずれるので、引き切りと同じ効果が生まれます。したがって、材料を包丁で横に引いて切る場合と同じになります。すなわち引き切りになるわけです。この場合、刃のミクロなギザギザによるノコギリ効果と摩擦による熱の発生で、切れやすくなると思われます。

ギロチンは首も固定し刃も横にスライドしないので刃角の問題だと思います。
刃を斜めにした分だけ刃角が鋭くなり、実際の刃よりも鋭い刃で切った場合と同じになるからだと思います。
長いプラスチック定規の傾斜している目盛り部分に下からレーザー光を当てながら、定規をギロチン刃同様に斜めにすると傾斜している目盛り部分に当たっているレーザー光の長さが伸びます。
その伸びた分だけ刃角が鋭くなっています。
刃の部分のVの字が細長くなるという事です。

太刀打さま
コメントありがとうございます。分かりやすい説明ですね。しかし、分かりやすいことが正しいとは限りません。
ギロチンの刃は確かに斜めにあたります。したがって、刃の進む方向で見れば刃角が鋭くなっています。
しかし、実は刃が物体に当たった時には、力は刃に垂直にかかります。したがって、刃角は変わらないことになります。しかも斜めに力がかかっているために、力は小さくなっていますので、押切の場合はむしろ不利になっています。
ギロチンは刃が斜めになっているのは、刃の落下において、物体上では斜め方向に刃が移動していることと同等になっています。すなわち刃を横に滑らせたのと同等の効果を出しているわけで、刃角が落下方向で鋭くなったためではないのです。

ありがとうございます。
ずっと長い間、間違っていたのですね。
力が刃に垂直にかかるとの説明で、そういえば遠い昔に習ったような記憶がおぼろげながら蘇りました。
私は剣術をやっていて刀に反りがあるのはギロチンと同じ仕組みと教えてきました。
上からの押し切りにならずに、端から切る事になるのだと教えてきました。
その時、刃角が鋭くなるから切れやすくなるのだと教えてきましたが、これからは刃を斜めにして切る事は引き切り同様になると教えます。
私の流派は更に実際に引き切りをします。
そうすると私の流派は、引き切り同様の効果に更に実際の引き切りを足している事になりますよね。
他流では切れない様な物も切れるのは、単純にノコギリ効果と摩擦効果がそれぞれ重なっているからだと考えて良いのでしょうか?

太刀打さま
剣術をなさっておられるのですね。
刃の当て方で、切れ味が異なるというのは興味深いです。
ギロチンの場合は、刃に重みがあるので、引き切りの効果と同時に押切の効果も入っていると考えられます。
刃に反りがあるのは、物体に当たる刃の幅が小さくなりますので、それだけ力もかかりやすくなります。そこに引き切りが加わるので、さらに切れやすくなっていると思われます。
引き切りはノコギリ効果と摩擦効果が重なっていると考えてよいと思います。もちろん、押切の効果も重なっています。

重力や振りによる刀の勢いは重要で大前提ですね。
文章にするとギロチン台や刀による斬撃一つに様々な効果が詰め込まれている事が分かり物理学の面白さを味わえ感謝しています。
これからも宜しくお願いします。

某所ではお世話になっております。

当地の包丁屋さんのサイトに、こんな説明がありました。
http://tojiro.net/jp/guide/part_blade.html

Miyagchiさま

ありがとうございます。こちらこそお世話になっております。
見かけ上は先が細くなるという説明、分かりやすいようで、やはり間違っているように思えます。
ここでも、力が刃に対して垂直にかかっているということが無視されているようです。
切れるということは、かなりミクロな現象なので、刃が物体に当たっている部分だけの問題となり、刃のミクロなくさび角は、その角度がある程度小さければ、切れ味にはあまり影響がなく、刃を引くことによる見かけのくさび角の影響はないと考えられます。
しかし、押切では影響は出ると思われます。
引き切で、切れやすいのは、多くの場合は、刃先のミクロなギザギザによるノコギリ効果と、摩擦による熱の効果だと思われます。

摩擦熱で温度が上がって切りやすくなっているとは、思いもしませんでした。

切断の話、とても興味深く拝見しています^_^押し切りと引き切りのメカニズム、面白いですね〜で、ご教示頂きたいのですが、このあたりにお詳しい大学の先生等ご存知でしょうか?千葉工大の金沢先生が第一人者とおもわれますが、お亡くなりになられて、、。もしご存知でしたら教えてくだされば幸いです(^^)

しよたろう様
コメントありがとございます。残念ながら、切断に関する専門家を存知上げないので、第一人者についても知識がなく、ご希望に沿えず申し訳ありません。
私自身は、純粋に物理学の立場から切断について考察してみました。

soukoukiさま
コメントありがとうございます。気がつきませんで返事が遅くなってしまいました。
実はノコギリ効果と摩擦効果はかなり似ており、分子を動かすのに、分子間の力を使っているか、ノコギリ的に引きちぎっているかですので、どちらも熱が発生しますので、ある意味では同じ効果と言ってもいいかもしれません。

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