« 読み直すと意外に分かりにくい | トップページ | 夏目漱石と物理学から:雲について »

2011年6月19日 (日)

光線の圧力:漱石の時代の考え方

201175日の工学院大学オープンカレッジ「夏目漱石と物理学」で話す話題から、一部を紹介しましょう。

 

三四郎は母から言われて野々宮宗八を理科大学(東京帝国大学理科大学)に訪ねて、そこで光線の圧力を測定する装置を見てびっくりします。

この話題は、後半の、上野精養軒での会合で再び話題になります。以下はちょっと長くなりますが「三四郎」からの抜粋です。

 

========「三四郎」(青空文庫)から===========

「野々宮さん光線の圧力の試験はもう済みましたか」

「いや、まだなかなかだ」

「ずいぶん手数がかかるもんだね。我々の職業も根気仕事だが、君のほうはもっと激しいようだ」

 

----------------中略------------

 

 田村は、それから改まって、野々宮さんに、光線に圧力があるものか、あれば、どうして試験するかと聞きだした。野々宮さんの答はおもしろかった。――

 雲母《マイカ》か何かで、十六武蔵ぐらいの大きさの薄い円盤を作って、水晶の糸で釣るして、真空のうちに置いて、この円盤の面へ弧光燈《アークとう》の光を直角にあてると、この円盤が光に圧されて動く。と言うのである。

 一座は耳を傾けて聞いていた。なかにも三四郎は腹のなかで、あの福神漬の缶のなかに、そんな装置がしてあるのだろうと、上京のさい、望遠鏡で驚かされた昔を思い出した。

「君、水晶の糸があるのか」と小さい声で与次郎に聞いてみた。与次郎は頭を振っている。

「野々宮さん、水晶の糸がありますか」

「ええ、水晶の粉をね。酸水素吹管の炎で溶かしておいて、両方の手で、左右へ引っ張ると細い糸ができるのです」

 三四郎は「そうですか」と言ったぎり、引っ込んだ。今度は野々宮さんの隣にいる縞の羽織の批評家が口を出した。

「我々はそういう方面へかけると、全然無学なんですが、はじめはどうして気がついたものでしょうな」

「理論上はマクスウェル以来予想されていたのですが、それをレベデフという人がはじめて実験で証明したのです。近ごろあの彗星の尾が、太陽の方へ引きつけられべきはずであるのに、出るたびにいつでも反対の方角になびくのは光の圧力で吹き飛ばされるんじゃなかろうかと思いついた人もあるくらいです」

 

---------------中略------------

 

「どうも物理学者は自然派じゃだめのようだね」

 物理学者と自然派の二字は少なからず満場の興味を刺激した。

「それはどういう意味ですか」と本人の野々宮さんが聞き出した。広田先生は説明しなければならなくなった。

「だって、光線の圧力を試験するために、目だけあけて、自然を観察していたって、だめだからさ。自然の献立のうちに、光線の圧力という事実は印刷されていないようじゃないか。だから人工的に、水晶の糸だの、真空だの、雲母《マイカ》だのという装置をして、その圧力が物理学者の目に見えるように仕掛けるのだろう。だから自然派じゃないよ」

「しかし浪漫派でもないだろう」と原口さんがまぜ返した。

「いや浪漫派だ」と広田先生がもったいらしく弁解した。「光線と、光線を受けるものとを、普通の自然界においては見出せないような位置関係に置くところがまったく浪漫派じゃないか」

「しかし、いったんそういう位置関係に置いた以上は、光線固有の圧力を観察するだけだから、それからあとは自然派でしょう」と野々宮さんが言った。

「すると、物理学者は浪漫的自然派ですね。文学のほうでいうと、イブセンのようなものじゃないか」と筋向こうの博士が比較を持ち出した。

========以上「三四郎」(青空文庫)から=======

 

最後の廣田先生の説明は、漱石が寺田寅彦から聞かされていた物理実験について十分理解していたことをうかがわせます。

 

2010627日の「光の圧力再考」では、光の圧力を光子の運動量を使って導き出しましたが、光量子の考え方は、1900年にマックス・プランクがエネルギー量子の考え方を提案し、1905年のアインシュタインの論文で光量子仮説が出たばかりでした。(「三四郎」は1908年発表)

 

光の圧力は電磁気学の大家、マックスウェルが理論的に導き出したのですが、マックスウェルが生存していた時代にはまだ光が粒子であるということは認識されていなかったと思われます。マックスウェルは、むしろ、純粋に電磁気学の理論から光の圧力を導き出しました。

 

光が電磁波であることはマックスウェルによって明らかにされました。

 

電磁波は進行方向に垂直に電場と磁場を持ちます。

 

電磁波が金属板のような導体に衝突すると、電磁波の振動電場によって、金属中の電子が振動して、振動電流が誘起されます。この電流は金属の表面に平行に流れます。

一方、電磁波には電場と垂直な振動磁場があります。この磁場が電流に力を与えます。

これが、金属板を押す方向に出来るのでそれが圧力になるのです。

 

板が金属でなくても物質中には電子があるため、振動電場によって電子の振動が誘起されて、振動する電子と振動磁場によって、力が働きます。

 

このように、光子の運動量を使わずに、純粋に電磁気学の考え方でマックスウェルは光の圧力を導き出したのです。

« 読み直すと意外に分かりにくい | トップページ | 夏目漱石と物理学から:雲について »

科学」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/534741/51989360

この記事へのトラックバック一覧です: 光線の圧力:漱石の時代の考え方:

« 読み直すと意外に分かりにくい | トップページ | 夏目漱石と物理学から:雲について »

最近の記事と写真

  • 100m
  • 50m
フォト
無料ブログはココログ