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2010年5月28日 (金)

量子論の誕生は溶鉱炉から


19世紀末、物理学における測定技術は非常に精密になり、それと共に、当時の理論では説明できない現象が特に、比熱など熱力学的な身近な現象で出てきました。

 

溶鉱炉から出てくる光のスペクトルも、そのスペクトルの形を物理学では説明できませんでした。

 

当時、溶鉱炉の中の温度を測定することは、鉄の精錬のために重要な技術でした。

物質を熱すると光を発し、その光は温度が低いと暗赤色、温度が上がるにしたがって、黄色から白色に変化することは古くから知られていました。

これは、物質の温度によって、発光のスペクトルが異なることを示していました。

 

そこで、溶鉱炉の温度は、炉の中から出てくる光のスペクトルによって測定することが考えられ、そのスペクトルは非常に精密に測られていました。

Photo

図は、光のスペクトルで、温度1000Kから3000Kにおける光の振動数が5×1014Hzまでの変化を示しています。

Kは温度の単位でケルビン(0℃は273.15K)、Hzは振動数の単位でヘルツです。

しかし、その技術を更に広く応用するためには、温度とスペクトルの関係の理論的な裏付けが必要であり、そのためにいろいろな試みがなされ、有名な二つの理論が生まれました。

一つは、レイリー&ジーンズの理論であり、もう一つはウィーンの理論です。

 

レイリー&ジーンズの理論では、光の密度(光のエネルギー密度)が光の振動数によって異なるということで、説明が試みられました。

しかし、エネルギーが連続であるという、古典物理学の概念では、光の振動数は連続なので、有限な振動数の範囲では、無限個の振動数が入ってしまうため、光のエネルギーも無限大になるという矛盾を含んでいました。

彼らは、この理論により、スペクトルの光の強度が波の振動数が小さいほど(波の波長が長いほど)小さいことを導き出しました。

これは、実験で得られたスペクトルの振動数の小さい範囲では、非常に良く一致したのですが、振動数の高い部分では、どんどん大きくなり、振動数が無限大で、光の強度も無限大になる、現実と大きく離れる結果になりました。

 

しかし、振動数の小さいスペクトル部分に関して、実験と理論がよく一致することは、そこに何らかの正しい部分があることも確かなことでした。

 

一方、ウィーンの理論は、スペクトルのピークの振動数とそのときの物体の温度との比が一定になるという実験法則(ウィーンの変位則)から導き出されたもので、振動数の高い部分のスペクトルと良く一致したのです。実際に図を見ると1000Kではピークは0.6×1014Hzで、2000Kでは、ピークは1.2×1014Hz3000Kでは1.8×1014Hzと光の振動数と温度は比例しています(比が一定になっている)。

 

しかし、ウィーンの理論は実験結果から導き出された経験則で、物理の基本から導かれたものではなく、なぜ、高振動数領域で一致するのかはなぞでした。

 

1900年になって、マックス・プランク(Max Planck)はレイリー&ジーンズの理論とウィーンの理論を組み合わせた、半経験的理論式を発表しました。(ノーベル賞受賞)

この結果は、実験の結果と非常に良く一致しましたが、そこにどのような物理があるのかはまだ分かっていませんでした。

 

プランクは、この理論式が、どのような物理から導き出されるかを詳細に検討しました。

その結果は、当時としては驚くべきものでした。

それは、エネルギーを不連続にして、飛び飛びの値として計算しないとその式が導き出せないことでした。

すなわち、エネルギーはそれまで考えられていたように連続ではなく、不連続であり、エネルギーの最小単位 hν(hはプランク定数、ν(ギリシャ文字のニュー)は振動数)の整数倍で変化するというものでした。

 

このことは、エネルギーが連続的につながったものではなくて、粒子のように粒々に切れていることを示すものでした。

しかし、エネルギーの粒を量子と命名したものの、プランクは、エネルギーの不連続性はなかなか信じることは出来なかったのです。

 

光がエネルギー量子であり、粒々の粒子であることは、1909年にアインシュタインが発表した、光電子に関する光量子仮説によって、証明され、アインシュタインは、この仮説によって、ノーベル賞を受賞しました。

 

光を金属の表面に照射すると金属表面から電子が放出されることは、既に知られていました。

この仮説では、放出される電子のエネルギーは光の強度によるのではなく、光の振動数に比例するというものでした。

その頃は、光のエネルギーは光の強度に比例すると考えられていたので、これは新しい考え方でした。

 

この仮説に基づいて、光の照射によって金属表面から出てくる電子のエネルギーを測定したところ、光の振動数と電子のエネルギーが比例することが分かりました。

したがって、この光量子仮説は光電子放出の実験と非常に良く一致し、プランクのエネルギー量子仮説は受け入れられるようになったわけです。

 

 

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コメント

光電効果を思い起こすたびに、周波数に飛び出す電子のエネルギーが比例するって、周波数のエネルギーはまるで質量というか重量というか、って感じてしまうのですけど。

光の速さは、周波数に無関係なはずですよね。

光速に向かって、お前は重力かって思わず突っ込みたくなります。

Covaさん、

hν=mc^2とすると、光の運動量、hν/cが出てきます。
これは、光が無限に小さい質量を持っているということかもしれません。
hはプランク定数、νは光の振動数(周波数)、cは光速、mは光の質量(?)

光の周波数のエネルギーを質量とみても良いと言う議論は、アインシュタインのエネルギーと質量の同等式からいって、出てもおかしくないかも知れないですね。

エネルギーと質量は同等(光速は比例定数)と考えると、そうなる可能性もありますね。

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