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2010年5月25日 (火)

原子とは何か?原子の構造-1

原子が、レウキッポス等の考えた原子とは違って、質量も性質も異なる原子があり、しかも、原子量(原子6×1023個の質量:この原子の個数の値はアボガドロ数といわれています)順に化学的性質が周期的に現れることをメンデレーフが示してから、原子は性質を持ち、そのためには構造を持つはずだという考えが生まれました。

 

原子が構造を持つという最初の証拠は、J.J.トムソン(J.J. Thomson)の放電の実験で発見されました。それは、陰極からは、磁場で簡単に曲がる、負の電荷を持つ軽い質量の粒子が放出され、陽極からは、正の電荷を持つ重い粒子が放出するというものです。正の電荷の粒子は負の電荷の粒子の数千倍以上の質量を持つことも確かめられました。

 

この軽い負の電荷の粒子の質量は1種類だったため、固有の粒子とみなされ、電子と名づけられました。

 

一方、正の電荷の粒子の質量は、原子の種類によって異なり、重い正電荷はいくつかの粒子の集まりと考えられたわけです。

 

この実験の結果から、J.J.トムソンは、原子は大きい正の電荷の中に軽い電子が埋め込まれているモデルを1903年に提唱しました。この原子モデルは現在では陳腐に見えますが、当時の物理学の常識では、最も理解されやすいものでした。

 

実は、ほとんど同じ頃、日本の長岡半太郎が、原子核の周りを電子が周回する惑星モデルを提唱していました。しかし、電子が動くと電磁波を発生することは、電流の変化で電磁波が発生することから、当時でも分かっており、電磁波の発生、すなわちエネルギーを発生させるので、周回している電子は電磁波を放出して、エネルギーを失い、原子核の衝突してしまうため、安定には存在できないとして、当時の物理学の常識では受け入れられないものでした。

 

その後、1912年には陽極線(正電荷のビーム)の質量を測定する実験で、ネオンの同位元素(化学的性質が等しいが、質量が異なる原子)が発見され、正の電荷粒子は、正電荷の粒子(陽子)だけではなく、中性の粒子(中性子)をも含み、中性子と陽子の質量はほとんど等しいことが分かってきました。

 

また、同じ頃、1911年にラザフォード(Rutherford)はアルファ線(ヘリウムの原子核)の原子による散乱実験で、アルファ線が非常に大きい角度で散乱されることがわかりました。この実験で、正電荷の半径は原子の半径の1万分の1以下という非常に小さいものでした。このことは、トムソンの原子モデルでは説明できず、むしろ、長岡の原子モデルのように、非常に小さい正電荷(原子核)が原子の中心にあるモデルの方が、実験に合うことを示しました。

 

しかし、このモデルにおける原子の不安定性の問題が残されたのです。

 

これをこの問題が解明されるには、さらに10年以上の年月と量子力学の確立が必要となりました。

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